2010年11月07日

メモ(3):シネマ2*時間イメージ

引き続き、探求のためのメモ。
「第9章イメージの構成要素」、「シネマ2*時間イメージ」(ジル・ドゥルーズ)から。





「トーキとサイレントとの断絶やそれが引き起こした抵抗が、しばしば強調されてきた。しかし、いかにサイレントがトークを招いていたのか、すでにトーキーをはらんでいたのかということも、それに劣らぬ根拠をもって提示されてきたのだ。・・・サイレントとトークの構成要素を比較するなら、たぶん別の差異が浮かびあがってこよう。サイレントのイメージは、見られるイメージと読まれる字幕(眼の第二の機能)から構成されてくる。字幕はそれ以外の機能とともに、言語行為を含んでいる。」

「・・・トーキ映画とともに何が起きたのか。言語行為は、もはや眼の第二の機能に関係づけられず、もはや読まれず、聴かれることになる。・・・

[・・・視覚的イメージとは別の要素であった字幕とは異なって、発話や音声は聴かれるものだが、ただし視覚的イメージの新たな次元、新たな構成要素として開かれるのである。・・・」

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2010年10月30日

メモ(2):シネマ2*時間イメージ

引き続き、「シネマ2*時間イメージ」(ジル・ドゥルーズ)、「第8章映画、身体と脳、思考」から。

どうして、私が実験映画に惹かれたのかを知りたい。
探求のためのメモ。


「『だから私に一つの身体を与えて下さい』、これは哲学的な大転換を示す定式である。身体はもはや思考をそれ自体から分離するような障害なのではなく、思考するにいたるために思考が克服しなければならないようなものではない。反対にそれは、思考が思考されないものに到達するため、つまり生に到達するために、その中に潜入する何か、潜入しなければならない何かなのである。だからといって身体そのものが思考するのではなく、身体は執拗に頑固に思考することを強い、また思考をのがれるもの、つまり生を思考することを強いるのである。もはやわれわれは、思考の諸カテゴリーの前に、生を出頭させることはやめて、思考を生の諸カテゴリーの中に投げ込むだろう。生の諸カテゴリーとは、まさに身体の態度であり姿勢なのである。・・・思考するということ、それは一つの思考しない身体がなしうること、その能力、その態度あるいは姿勢を学ぶことである。まさに身体によって(もはや身体の媒介によってではなく)、映画は、精神と、また思考と結びつく。『だから私に一つの身体を与えて下さい』、それはまず日常的な身体の上にカメラをすえることである。身体は決して現在に属しているのではなく、以前と以後を内包し、疲労、待機を内包している。・・・」

「・・・実験映画において、われわれは、このような日常的身体と儀式的身体という、二つの極を発見し、また再発見する。実験映画は必ずしも先駆的ではなく、それは後にやってくることさえありうる。実験映画と、他の映画の違いは、前者が実験するのに対して、後者は、映画的な過程の必然性とは別の必然性のおかげで、何かを発見するということである。実験映画において、この過程はカメラを日常的身体の上にすえる。・・・」

ウォーホール 『スリープ』、『イート』
ブルス、ミュール、ニッチ

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2010年10月13日

メモ(1):シネマ2*時間イメージ/シャンタル・アケルマン

メモ(1)ジル・ドゥルーズが、「シネマ2*時間イメージ」の「第8章映画、身体と脳、思考」で、シャンタル・アケルマンならび女性作家たちについて書いているところがある。

シャンタル・アケルマンの作品は、日本の研究会などで『ジャンヌ・ディールマン』、『お腹がすいた、寒い』を、パリの小さな劇場の回顧上映(1999年)を見る機会があり、とても関心がある。
確かにサウンドが印象深い。



「ヌーヴェル・ヴァーグ以来、美しく、また力強い映画が現れるたびに、われわれは身体の新たな探求に立ち会ってきたのだ。『ジャンヌ・ディールマン』以来、シャンタル・アケルマンは、<様々な身振りを充実した状態において>示そうとしている。・・・シャンタル・アケルマンの新しさとは、こうして女性の人物に固有な身体の状態の記号として、身体の態度を示すころであり、かたや男性たちは、社会、環境、たまたま彼らの手に入る分け前、彼らが引きずる歴史の断片といったものを証言する。


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2010年10月11日

"ART AND THE MOVING IMAGE - A CRITICAL READER"

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ロンドンのテート・モダンで2002年に開催されたレクチャーのドキュメント、"ART AND THE MOVING IMAGE A CRITICAL READER", edited by Tanya Leighton, Tate, 2008)を見せてもらう機会があり、イントロダクションのところを少しづつ読んでいる。
全体で約480ページ、イントロダクションでさえ、なかなか進めない。またまた大きな壁が立ちはだかっている・・・

1960年代の論文/レビューから現在のものまで網羅しつつ、""ART AND THE MOVING IMAGE"について、より深く広いコンテキストで思考していくための道しるべのようです。

そんなイントロダクションの中で、「シネマ2*時間イメージ」(ジル・ドゥルーズ)からの引用があった。
ジル・ドルーズが、実験映画を書いているのを興味深く感じている。



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