2007年09月22日

ベルタ・シーシェル氏、インタビュー記事

昨年の11月から今春の4月まで、マドリッドのレイナ・ソフィア美術館で開催されていた"First Generation: Art and the Moving Image, 1963-1986" は、新しく美術館に加えられたビデオ・コレクションを記念して企画された展覧会。ビデオ作品(インスタレーションも含めて)のコレクションによる企画で、32インスタレーション作品のうち女性アーティストによる作品が12作品あるという斬新なパースペクティブ。
この展覧会のビデオアート史のあらたな語り口に、とても興味をもっていたところ、afterimage誌 (THE JOURNAL OF MEDIA ARTS AND CULTURAL CRITICISM, Rochester, NY) に、展覧会のキュレター、ベルタ・シーシェル氏のインタビューの掲載を見つけ、関係者の快諾のもと日本語訳をご紹介できることになりました。


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アートとムービング・イメージ
ベルタ・シーシェル(キュレータ)、インタビュー
ペリー・バード
(afterimage, May/June 2007, Volume 34, no.6.)

First Generation: Art and the Moving Image, 1963-1986
http://www.museoreinasofia.es/s-exposiciones/Exposicion.php?idexposicion=228

ART AND THE MOVING IMAGE: AN INTERVIEW WITH BERTA SICHEL, Perry Bard, afterimage, May/June 2007, Volume 34, no.6.
*afterimage (THE JOURNAL OF MEDIA ARTS AND CULTURAL CRITICISM)
http://www.vsw.org/afterimage

日本語訳の転載を快諾いただいたペリー・バード氏、afterimage誌に感謝しています。ベルタ・シーシェル氏には転載の快諾、ならびに写真も提供いただいき心よりお礼申し上げます。

*web上の読みやすさを考慮し、改行、行あけを適宜いれさせていただいています。また、作家名、作品名は、原語のまま表記しています。(一部を除き)


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"First Generation Art and The Moivng Image(アートとムービング・イメージの最初の世代(1963-1986)" 展は、レイナー・ソフィア美術館に新しく加えられたビデオ・コレクションを記念して企画され、同展は、展覧会を越えて、ひとつの体験と言えるものなっている。(1) 

 32のインスタレーションが展示され、あるいは壁に投影され、観客は80のビデオ作品のデータベースを参照できるようになっている。展覧会とコレクションは、この新しい時間をベースにしたメディア(timebased medium)の可能性を探求してきた、アーティストたちの幅広いアプローチを強調している。美術館3階の出入り口のすべてを利用し、良く知られているアーティストのとなりに、あまり知られていないが印象的な作品を展示するなど、国際的かつ包括的なひとつの歴史的な概観を観客に伝えている。
コレクションと展覧会ともに、マドリッドにある美術館の視聴覚(the Audio Visual )部門のディレクター、ベルタ・シーシェルによってキューレーションされている。

 最初の部屋では、Wolf Vostell による1963年の作品 "6−TV-DE-Collage"(1995年にフォステルによって再構成されている)が、同じ年のナム・ジュン・パイクの3つの作品と対になって展示されている。二人のアーティストはともに、テレビ信号をマニュピュレート(操作)している。この早い時期において彼らの果たした重要性は、明らかに認識されている。一方、Robert Whitmanの1953年のインスタレーション"The Bathroom Sink"は、16mmの作品で後にビデオに変換されているが、アートの世界にムービング・イメージを紹介した彼の役割を認めるべくこのスペースの中に含められており、この感性が、この展覧会を特徴づけている。

それぞれの説明は、現に展示している歴史を問題にするかのように多角的なパースペクティブから検証されている。それは、まだ新鮮なアイディアの爆発の中を通る非線的な旅でもある。作品の多くは、1970年代のもので、その当時、ハイ・モダニズム[高級なエリ−トのモダニズム]のオルタナティブを探していたアーティストにとって、ポピュラー・カルチャーとメディア・カルチャーは、大きな影響を及ぼしていた。TVは、物質的オブジェをマニュピュレートし、その内容を批判するビデオ・アーティストの活動場となった。

Mary Lucierの"Untitled Desplay System For Burned Vidicon Tubes" (1975-77)は、モニターを使って、ビジコン管(チューブ)を焼き付けた跡で出来た抽象画像を展示している。一方で、Eugenia Balcell の"TV Weave" (1985)の抽象イメージの48のチャンネルは、テレビ放送をサインとシンボルのシステムに還元している。Antonio Muntadasの "Between The Lines" (1979)は、イメージを断片化し、観客に受け取る情報への疑問を投げかけ、ニュースを再解釈している。Dara Birnbaumの"PM Magazine" (1982)は、TVイメージを盗用し、それらをハイパー・メディアな瞬間に変換し、観客を誘惑する一方で、それらの情報源を嘲笑している。David Hallの "TV Interruptions"は、1971年にスコットランドのテレビに、説明もなく、予期せずに現れた。


TVWave.jpg

Eugenia Balcell "TV Weave" (1985)
(写真:レイナー・ソフィア美術館)



女性による作品の大きなセレクション(32インスタレーションのうち12)は、現状に挑戦するフェミニズムのヴァイタリティーを物語っている。Marina Abramovic, Ana Bella Geiger, Joan Jonasm Ana Mendieta, Ulrike Rosenbach, Carolee Shneeman, Hannah Wilkeの作品では、身体がパフォーマンスの中で用いられ、切迫していると同時に攻撃的なものとして、エモーショナルなスペースを明らかにしている。これらの作品は、Gary HillとThierry Kuntzelのミニマリストのアプローチのすぐ近くに配置され、この時代のジェンダー・ポリティクスを強調している。

この展覧会に合わせて、ヴィデオの創造、収集、保存に関するレクチャーシリーズが開催された。また、8つのエッセイが含まれたカタログが発刊された。それらのうちのいくつかは、ビデオ・アートに関する影響力の大きかった論文のリプリントです。充分なリサーチとインスタレーションに光をあてることで特徴づけられた、「最初の世代」展は、そのアイディアと影響が批判的である形成期のエネルギーを体験する、大変まれな機会となっている。私は、この1月にマドリッドで、シシェルにインタビューをしてきた。私はこの組織(美術館) が、45年にわたる歴史的作品をそれらが歴史となるコレクションをどのように始めたのか、キュレターの視点が、この構築のなかにどのように表現されているのかに興味があった。



ペリー・バード(以下PB):あなたのバックグラウンドについて聞かせて下さい。いつ頃、メディアに興味をもつようになったのですか?そして、何を見ていましたか?

ベルタ・シーシェル(以下BS):ある意味で、私はいつもメディアに興味を持っていました。なぜなら、私は、リオデジャネイロのフェデラル大学で、ジャーナリズムのBA(学士)を、コミュニケーション・システムでマスター(修士)をとりました。そして、ニューヨーク大学で、メディア・エコロジーのマスターをとるためにアメリカに行きました。

PB: メディア・エコロジー?

BS: 1980年のころの話しになるのですが、それは、時代の先端をいくマスター・プログラムでした。メディアの歴史や社会学については多くのものがありますが、アートに関してはそう多くはありません。ーつまり、メディアは、環境にどのように影響を及ぼしたのか、テレビやラジオは行動をどのように変化させたか、という研究はたくさんあっても、アートの部分は、まったく最小限の状態でした。その当時、いくつかの不思議な偶然が重なり、私はメディアでアート作品を制作している人たちと出会い始めていました。マサチュセッー工科大学の 先端的視覚研究センター(the Center For Advanced Visual Studies) [CAVS] でたくさんの人たちと出会い、そこをしばしば訪れるようになりました。ここは、私にとって、全く新しい世界で、とても興味深く、それは、メディアを扱う異なった方法でした。それは、ジャーナリズムではなく、テレビジョンでもなく、社会学でもない。異なった方向でした。

私がニューヨークに来た時、ブラジルの新聞に寄稿していました。1983年、サンパウロ・ビエンナーレのキューレターがニューヨークに訪れた際、彼は私をランチに招待しました。私が、彼に見ていることを話し始めると、彼は私にビエンナーレにひとつの展示をキューレートしないかと尋ねてきました。「私はどのようにするのか分からない」と言ったのですが、彼は「何本かのビデオテープを持ってくるだけでいい」と答えたのでした。

それで、私は"New Metaphors: Six Alternatives"と呼んだ展示を行い、私がMITで出会った人たちーPeter D'AgostinoとMuntadasの作品を持っていきました。彼らが私に準備したのは、とっても小さなスペースでしたが、ビエンナーレでは、とても大きな成功を収めました。みんなが私に、あなたはこのテーマの大家なのではないかと聞いてきましたが、私は、自分がしていることをほとんど分かっていなかったのです。彼らは、1985年に再び私を招聘しました。

PB: あなたは、レイナー・ソフィアの今のポジションに着く前に、多くのインデペンデントなキュレーションを行ってきましたが、当時、特別な見地(パースペクティブ)は、持っていましたか?

BS: 私はいつも、社会的、政治的な文脈をもつ作品を求めていました。メディアは、私たちが生きている時代(moment)を表現するのに最も適した方法なので、私は、特にメディアと仕事をしていました。私は大学を卒業し、ニューヨークのニュー・スクールで教え始めました。アートとテクノロジーの関係に興味があり、私の企画すべては、モダニティーとテクノロジーの考えから行われる必要がありました。

PB: レイナー・ソフィアののコレクションを構築し始めるにあたり、予定案 (agenda)をもっていましたか?

BS: 私は2000年の3月にここに就任してから、このコレクションの構築に取り組んできました。ここがひとつのビデオ・コレクションもないメジャーな美術館であることを、私は認識していました。美術館は、私の就任する前の8年にわたって、見識のあるコンセプトなしで購入した12のビデオ作品を所蔵していました。私は、コレクションの企画を綿密に考え、最終的に、美術館はそれを進めることに決めました。

PB:あなたが、美術館のコレクションの構築を始めたのは、2004年でした。なぜ、2001年以降の作品からではなく、[もっと遡って]ビデオの歴史から始めることを決めたのですか?

BS: それは、私が、ひとつの組織(institution)は、歴史的なパースペクティブを持つべきだと考えるからです。2004年以降のヴィデオを単に買うことはできません。たとえば、Patty Chang がここで行ったショーを思い出します。何人かの人は、とても新しいものとして彼女の作品について話していました。私は、観客にヴィデオの物語(story)を知ってもらうために、美術館が、このコレクションを始まりから構築する必要があると結論づけました。なぜなら、スペインでは、特に、人々はこのような作品を見る機会が多くなかったからです。ヴィデオは歴史をもっているのに、ここでの歴史の語り方は、とても断片化されているものでした。

PB: ヴィデオの歴史におけるあなたのパースペクティブはどんなものでしたか?

BS: 展示の中へ一歩は入る時、あなたが見る最初のものは、フルクサスについてのドキュメンタリー*(1)です。なぜなら、私はフルクサスがターニング・ポイントだと考えているのです。[当時]たとえ、ビデオ・カメラを持っていなくても、Super8や16mmフィルムをもっている。私は、展示のタイトルに「ヴィデオ」という単語を使いたくありませんでした。というのは、WhitmanやMendietaの作品のように、ヴィデオではない作品もあります。それらの作品は、フィルムで作られ、後にヴィデオに変換されています。ヴィデオの歴史を語る以上に重要なことは、ムービング・イメージを用いることが、どのように何かを言うための芸術的な方法になったのかという歴史です。

初期において、パイクやVostellのような人たちは、イメージを使って制作しないで、テレビのシグナルをマニュプレートしていました。そして、ポータブルなカメラが出てくるようになり、人々はそれをもって、外に行くことができるようになったのです。Ira SchneiderやJuan Downeyのようなアーティストは、外部の世界を内部に持ってきたのです。1970年代の終わりに、突然、人々は、多くのメディア批評を始めました。というのは、私たちがマス・メディアによって規定された文化の中に生きていることが認識されたからです。

私は、全体(Story)を構成している5つのアイディアに注目しています。シグナルのマニュプレーション、パフォーマンスとボディー・アート、メディアの関係性/批評、コンセプチュアル・アートとミニマリズムの影響、そしてフェミニズムです。
私は、メイン・ギャラリーで、12人の女性によるインスタレーションを展示しています。[ 彼らの]展覧会の記録を見ると、Peter Campus, [Gary] Hill,[Antoni] Muntadas, Bill Violaのような男性のアーティストの多くは、世界中で数千という展覧会を行っています。
しかし、女性たちは、ビデオ作品の発展において、とても重要でした。なぜなら、女性アーティストの多くは、展覧会の機会もなく、彼女たちの多くは、ビデオとパフォーマンスで実験することを決心するというような、ポイント[転換点]があったのです。彼女たちは、失うべきものが何もありませんでした。


ValieExport.jpg

Valie Export "Adjungierte Dislokationen III "
(l978/l996)
(写真:レイナー・ソフィア美術館)




PB: 女性の多数の参加の他に、多くの大陸から紹介されています。アメリカやヨーロッパからの作品だけではありません。

BS: 多くのラテン・アメリカのアーティストの作品も展示されています。彼らの作品は、アイデンティティや世界での彼らのポジションの問題が扱われています。時々、そこでは、フルクサスとのつながりがあります。ーブエノスアイレスのMarta Minujinのように。付け加えれば、Downeyは、ニューヨークに住んでいますが、美術館が購入した作品、"Video Trans Americas"は、彼が、1973年から1976年にニューヨークからチリに行く間に制作した [travelogue(旅行映画)] です。また、美術館は、Mendietaによる作品を2つ購入しました。彼女は、ニューヨークに住んでいましたが、彼女の美学は、彼女のキューバのルーツにつながるものでした。

PB: このように包括的なコレクションを作ることを考えられたことは、素晴らしいです。このコレクションをつくるにあたって、他の美術館のコレクションをリサーチしましたか?

BS:  基本的なところを、パりのポンピドウ・センターーそこには1200の作品がありますーとニューヨークのMOMAをリサーチしました。[ そして]私の知っている作品のすべてです。私は、2005年の時点で、1970年の作品を、まだ、アーティストのスタジオに見つけることができることにとても驚きました。1977年にドクメンタのために委嘱されたRosenhachの"Herache-Herchles King Kong"を購入することができました。

PB: このことは、女性による作品に主にあてはまるのでしょうか?

BS:  多分、主に。でも、たとえば、Schneiderは、少なくともニューヨークでは、ある程度知られていますが、1974年の"Manhattan Is An Island" を購入することができました。この作品をアメリカの美術館で持っているところはありません。Schnneeman's の"Up To and Including Her" 限定版 (1973-76)、Birnbaumの"PM Magazine"のアーティスト・証明版(artist proof)も購入できたのです。もちろん、パイクの初期の作品ー私が見つけた、彼による最も古い作品は、1985-86年のものでしたーは買うことはできません。なぜなら、より初期の作品は売れきれてしまっているからです。


Manhattan

Ira Schneider "Manhattan is an island" (1974)
(写真:レイナー・ソフィア美術館)


PB: 何か大きく失望したことはありますか?本当に購入したかった作品が、あなたにできなかったことなどありますか?

BS: ええ、例えば、[Joan] Jonasに関して、私の最初の選択は、1985年の作品"Volcano Saga"でしたが、私たちがそれを購入すると決めた時には、MOMAが既に予約していました。このことは、失望として見られるかもしれませんが、私はそうは考えてません。なぜなら、1974年の "Glass Puzzle"が、本当に好きで、私たちが購入したのがこの作品なのです。そうですね、私は失望より驚きについてお話ししたいですね。私たちが購入したエキサイティングな作品について、たとえば、1963年にSmolin Galleryで展示されたVostellのオリジナルな作品、あるいはHallの"TV Interruption"、これは、1971年にスコットランドテレビで放映されたものです。また、Joan Logueの素晴らしいヴィデオ作品、1979年のパイク[のポートレート ]で彼女が制作したものです。そこでは、パイクが、彼ら二人ともが住んでいたロフトのビルの輸送用エレベータに乗っています。(2)


PB: よく知られているヴィデオアーティストの作品を買うことができるのは、どうしてだとお考えですか?

BS:  それは、人々がビデオに関心を向けていないからです。今日的に意義があり、同じ時代に作られたコンセプチュアルな作品やミニマリストの作品は、既にメジャーなコレクションの中に位置づけられているのではありませんか?

PB: この展覧会がスペインで行われているので、スペインのどんなアーティストを含めようと考えましたか?

BS:  私はこの展覧会に3人のスペイン人のアーティストを含めていますが、スペインの批評家たちの何人かは充分ではないと言っています。でも、私は、このまさに初期の時期に、多くのスペインのアーティストがヴィデオで作品を作っていたとは考えていません。Joan Rabascallは、パリに住んでいましたし、MuntadasとBalcellsは、ニューヨークに住んでいました。美術館がコレクションを続けようと決定すれば、その時、拡大できると考えています。スペインのヴィデオの展覧会ではありません。スペインに住んでいる人たちは、ドイツやアメリカのような他の国々でアーティストたちがやっていたようには、ヴィデオをやっていなかったのです。

PB: この展覧会は、キュレターとしてのあなたにとって、個人的なものであると感じていますか?

BS:  ええ、この展覧会は、とても個人的です。私は単にビッグ・ネームを探していたのではありません。見落としているビッグ・ネームもあると思いますが、私たちは、テレビによって影響されている環境で生活し、このことは、アメリカやヨーロッパのいくつかの国々の人々以上に、多くの人のイマジネーションを捉えています。私は、コレクションの中にこのことを反映させたかったのです。展覧会のデザインに関して、私は[映画館のような]ブラック・ボックスを作りたくなかった。私は、建築家でアーティストのAngel Borregoと、綿密に仕事をし、彼は、(私のビジョン)を理解していました。ここは、難しい空間です。この建物は、病院として建てられ、ヴィデオの展覧会スペースに、ここを変容させることは、ひとつのジレンマでした。インスタレーションは、開かれています。ーひとつの作品の中にいるのと同時に、他の作品を見ることができます。私は確かな方法で作品を展示しています。それは、私たちが作品をいかに知覚しているかを喚起させるものです。

また、展覧会にはかなりの量のテキストがあります。[ 私が]すべてのテキストを書くかわりに、展覧会に関係のない人々からの引用を用い、アーティスト自身からの引用を用いました。私のパースペクティブだけを使いたくなかったので、それらを混ぜ合わせようと試みたのです。私はこの展覧会にとても満足しています。そして、このコレクションの構築を継続していくことを望んでいます。私の視点からは、これは、歴史[ story]をどのように語るかという、最初の部分なのです。


*ペリー・バード氏は、ヴィデオによる作品、インスタレーション、パブリック・アートを制作するニューヨーク市在住のアーティスト。

原注
(1) "First Generation Art and The Moivng Image(1963-1986)"展は、2006年11月7日から2007年4月9日まで、マドリッドのレイナー・ソフィア美術館で開催された。
(2)  "Nam June Paik: Freight Elevator (1979)", Joan Logue

訳注
*(1) "Fluxus Replayed " (1991、30min.) by Takahiko iimura . また飯村隆彦は同展に他にヴィデオ・インスタレーション「FACE/INGS」(「Back o Back」を改題)(1974)を招待出品している。このインスタレーションについて、「1974年のパリの近代美術館のヴィデオ展に出品したものですが、当時、特に注目されたものではないが、ベルタ氏はよくリサーチしてこの作品を選択し、今回は会場入り口近くの人々が必ず通る良い場所に設置した。というのも、この作品では監視用カメラ2台が向き合って、その間を個々の観客は頭のみが自分では見えて、顔は他者によってのみ見えるという作品だからです」と語っている。また、本展覧会のカタログには、同氏の「ビデオの記号学」の翻訳が含まれている。翻訳に当たっては、同氏の協力を得た。

(訳:安田和代)

ART AND THE MOVING IMAGE: AN INTERVIEW WITH BERTA SICHEL, Perry Bard, afterimage, May/June 2007, Volume 34, no.6.
afterimage (THE JOURNAL OF MEDIA ARTS AND CULTURAL CRITICISM)
http:// www.vsw.org/afterimage

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