2007年09月21日

[ON AIR] Vol.3 印牧和美作品上映&トーク

"life IMAGED" (日常をイメージ化する)
2007年4月14日
[am K.Y. Travelling Store] @gift_lab

kanamaki_145.jpg


 今日はご来場ありがとうございます。今日は、7,8本の作品を解説を交えながら上映していこうと思っています。
 まず、はじめてお会いした方もいますので簡単な自己紹介をさせていただきます。
私は英文科を卒業して、一瞬公務員になったのですが、あっという間に辞めてしまいました。というのも、アメリカで映像を勉強できるチャンスがたまたまありまして、その時に休職ができない状況だったので思い切って就職3ヶ月でアメリカに行ってしまったのです。そして、そこで初めてヴィデオの勉強をすることができました。

 2年間ほど勉強してから日本に戻り、それからもずっとヴィデオ編集の仕事をフルタイムでやりながら、個人作品を作り続けてきました。 96年ぐらいに帰ってきたので、かれこれ12,3年個人作品を作っています。最近2005年に、「VIDEO CALLING」というプロジェクトを立ち上げました。「VIDEO CALLING」はプロジェクト単位で動くものなので、特定の場所や組織として存在するものではないのですが、個人映像作家の作品のクオリティをあげていくということを目的にワークショップや上映会をやっています。その活動については、後ほど詳しく触れたいと思っております。

最初に短編の作品を3作品上映します。まず、『bibliothek』というライブラリーという意味の作品を上映します。

【作品上映】 『bibliothek』(2006年)


 この作品は2006年に制作しました。これはずっと勤めていた会社を辞めて、ベルリン芸術大学に半年間だけ聴講生として行っていた時に、できるだけ作品をいっぱいつくるということで取り組んだもののひとつです。

 この作品の意図としては、画面の本棚の中の本の1冊1冊を、自分の中に入ってくる情報になぞらえています。情報は小さいものでどうでも良いものもあれば、大きくてびっくりするようなものまであるのですが、色々な情報が来ては去り、ワーッと通り過ぎていくのだけれど、自分は無表情で知らん顔で、受け入れてく状況を想定して作りました。
 
 次は『ALONE』という作品を上映します。
ナレーションは英語なのですが、私が喋っている簡単な英語だということと、内容がわからなくても単語が拾えればいいかなといった感じのつくりなので、聞き流してもらえればと思います。

【作品上映】『ALONE』(2005年)


 タイトル"alone"は、一人(孤独)という意味です。制作の経緯を申しますと、ある女性アーティストとの出会いがこの作品を作るきっかけになりました。その人はネガティブな感情を全く否定しない人で、彼女の、見ている人を攻撃するようなプレゼンテーションが強烈で、その時はどちらかというと不快な印象を受けたのですが、後で何か強いものが私の中に残りました。というのも、ネガティブな、酷い、寂しい、嫌だ、といったものを物凄く肯定的に表に出すというのが、私にとっては初めての経験で、何か自分もそういうことをしてみたいな、と思ったのです。人は誰でも一人ぼっちだと思う時、思わない時、どちらもあると思うのですが、一人ぼっちだなぁと思うことを突き詰めて、それを強さに変えて作れないかと思って作りました。そこからなぜ動物なのか、なぜ眼なのか、他にも色々疑問点はあると思うのですが、眼を使ったのは、眼を通して覗く社会への恐怖という意味で使いました。  

続けて3番目の『song』という作品を上映します。では、『song』という曲です。曲じゃなかった、作品ですね。(笑)。
 

【作品上映】『song』(2006年)
 

私は作品を作るときに何か今まで見たことのない新しいものが出来ないかとトライして作っています。これは当初、別の作品の音を作ろうと思って試行錯誤していて、自分が普通のテンポで歌っているものをコマ撮りして音を作りました。その音は、自分が思っていた作品には上手く機能しなかったのですけれど、これ自体で別のアイディアが浮かんできて、歌のバックにリズムをつけてみたら、別のものに出来上がりました。
 
 これから10分ぐらいの作品を何本か上映しようと思っているのですが、その前に、私がその作品を作る時に一番核になっているものについてお話しようと思います。

 私の中で何か、例えばそれを「アレ」と呼びますが、「アレ」というものがあって、それは目に見えないもので何だかも分からないし、自分がそれをどう使っていいのかも分からない。けれど、良い方向にいくというか、悪くても真実に近いという意味では良いというか、弾んでいるというか、活動の源のようなものがあって、それをつかむと物事の真実が見えてくる、というようなモノです。

 物凄く抽象的な話ですが、何かずっとそれがあって、「アレ」があるから今私も生きている、希望というか、生きている弾力というか、それは喜びでもあり、本質をついたドロドロした正直な気持ちでもあるのですが、何だか分からないそれを常に表現したいと思っています。その表現方法として、それそのものを理想郷のような現実ばなれした形で描くのではなく、どちらかというとそれと対極にある、こなしていかなくてはならない「現実」と「日常」の2つを映すことにより、「アレ」が浮き彫りになっていくというのが私の作品なのではないかと思っています。

それで「日常」や「アレ」が私の中でどういう感覚かというと、朝起きると顔を洗わなくてはいけなかったり、ガスの支払いをしなければならなかったり、掃除をしなければならなかったり、そのような日常のやらなければいけないことが同時にあってそれをやっているうちに「アレ」に手が届かない日が毎日毎日続いていくのです。そういう中でヴィデオ作品を作るとき、ヴィデオというのは在るものしか映らないので、お化けとかが映るのは別かもしれませんが、人間に見えるものしか映らないないから、「日常」や「現実」をヴィデオに収める、そして、それをある別の方向に作品として色々いじっていくうちに「アレ」にちょっと近づいたり、そのヴィデオは凄く「日常」なのだけれども、「アレ」がちらっと垣間見られることがあるのです。これが私のヴィデオ作品を作るモチベーションになっているのかな、と思っています。

「アレ」が全て表現されている作品はまだなくて、各作品ごとにその片鱗がちょっとずつ見えているかなと思うのですが、それはユーモアであったり、生きていく上での喜びであったり、人間の強さであったり、何かそういうものであるような気がします。  では、2001年に作った『president』という作品を上映します。これは私の中で唯一、賞をもらった作品です。ドイツのボフム・フィルム&ビデオフェスティバルで審査員特別賞をいただきました。

 これは私の日常を描いているものです。この頃の状況を簡単に説明しますと私はずっと働いてきた中で、フルタイムで社員であったりフリーであったりを繰り返しているのですが、これはそのフリーの時で、仕事もあまり無いし自分のこれからはどうなってしなうのだろう、といった中でその生活をコマ撮りにした作品です。これも英語なのですが、繰り返しなのでなんとなく聴けるところだけ拾ってください。

【作品上映】『president』(2001年)


 これは、花がどんどん開いてくのを観察するカメラの機能を使い、徐々にちょっとずつ時間をおいてコマ撮りしてゆくのですが、その対象物を自分とし、自分の部屋に据え置きカメラを置いて撮影しました。自分観察ではないですが、進歩があるのかという皮肉も込めて一週間ぐらい撮り続けました。

なぜ英語が多いのかとよく聞かれるのですが、このときは海外のフィルムフェスティバルに出すことがメインで見せる機会だったので、〆切ぎりぎりだったから英語で作ったのです。字幕をつけるとかなり大変なので。もちろん、今でもこれを作った時でも、日本語で良い作品が作れれば良いと思っています。

これを見た人に着替えの場面やお風呂の場面が無いじゃないかといわれるのですが、私は無意識に隠れたりしていたのかなと思って自分で見ていたら、そもそも自分はあまり着替えていない(笑)というのと、撮影場所である、ついこの間まで8年間住んでいた家は、お風呂が無い家だったのです。3万5千円ぐらいの世田谷で凄く安いところだったのですが、4畳半と3畳の部屋で、3畳部分にカメラを置いて、4畳半で自分は生活していました。お風呂も外に行っていたので、暗い部分がお風呂に出かけた所だったのだと思います。これが2001年の作品です。

 次に、同じ頃2000年に作った『日本の伝統色』という作品を上映します。これも英語です。

【作品上映】『日本の伝統色』(2000年)


 この作品はアメリカから帰ってきて、私も浅薄だったと思うのですが、日本に過剰に期待して帰ってきて、現実は思っていたのとは違う、と悩んで作った作品です。この作品を作ることによって違う方向性が見えてきて、ちょっと救われた部分もありました。

次は『ビデオを撮る人』という作品で、11分30秒です。これは2000年に撮りました。制作の経緯から言いますと、これを撮ったのが、とにかく何でも撮っていた時期で、でもその素材をどうしたらよいかわからぬまま、特別なことがあるたびに撮っていました。何かをヴィデオにとって作品にしたいという思いが空回りして、混乱していた時期だったと思います。

そして、そんな時期に祖母が亡くなりました。以前から私は祖母のことをずっと撮っていて、それは多分小さいころから「おばあちゃんが死んだらどうしよう」という祖母の死への恐怖があったのですが。そして、どんどん歳をとって、離れて暮らすようになっていったのですけれど、祖母がいなくなることの怖さに、彼女の姿をヴィデオに残そう残そうとしていました。彼女のところに行く度に、祖母が話しを始めると撮っていました。それを何に使うか、何のドキュメントのために取っているかわからないのだけど、彼女と面と向かって話すよりも、バッテリーの残量を気にして「あ、テープがなくなるのに話が山場に!」とか考えていて(笑)、本末転倒なのですが、目の前にいる祖母を無視しカメラの方に集中したりして、変な状況になっていました。

 そんな頃に祖母が亡くなり、そのときも私はヴィデオを持っていって、お葬式の間ずっと撮っていました。しかも何気なく置いて撮っているのではなく、例えば出棺の際にわざわざこっちから押さえて撮って、でてくいる側も走っていって廻りこんで撮って、その後去っていくみんなを後ろから撮る、といったことを意味もなく虚しいほど機械的にやっていました。自分は凄い悲しく哀しいのだけれども、「一体これは何に使うんだ」っていうぐらい細かく色々なアングルから撮ったり編集しやすいように撮ったりして、お通夜から3日間でテープ10本、10時間ぐらい撮ったのですね。それで私はこの素材で何をしようとしているのだろうと思って、最初お葬式の段取りをきちんと編集してみたのですけれど、「これって何なのだろうか」と思い、その後、カメラを持っている間やカメラをセッティングしている失敗ショットだけを集めて別の作品にしました。それにプラスして撮っている自分を意識化しグラフィカルなアイコンにしてみました。結果的にはそっちのほうが作品になって、今お見せするものになっています。
この作品をとってから私はヴィデオをやたらにとることを辞めることができるようになりました。

【作品上映】『ビデオを撮る人』(2000年)


 続けて『artist statemenet』という3分の作品を上映します。これで言いたいことは作品の冒頭に出てくる言葉そのままです。

【作品上映】『artist statemenet』


 ―自分がアーティストとしてコメントを求められることは稀であるが、そのような場合、記録されたことが永遠のステイトメントになるようで緊張する。過去にインタビューされた人達はどのような気持ちで『声』を残したのであろうか。

 この作品は、インタビュー映像で話されていることが、人生の全てが凝縮されたような重い言葉なのか、その場しのぎで何かの真似をして言った言葉なのかが、映像上では見抜けたり見抜けなかったりする(つまり映像ではごまかすことができる)、ということに着目して制作したものです。

自分で作品を作るときに自分が出てくることが多いのですが、それは「あるひとりの人」として自分を使っているだけで、「特別なこの人」という意味で自分を使っているわけではありませんが、何かモノを作る時の戒めとしてやってみたくなったのです。


 最後の『life IMAGED』という13分の作品も続けて上映します。この作品は2画面で構成されていて、イメージ化された「ドラマ」(良い意味でも悪い意味でも見せるためにつくられたエンターテイメント映像)と、「日常」、私の日常なのですが、をイメージ化したものを対比させているものです。

【作品上映】『life IMAGED』(2006年)


 この作品は、2画面で構成されていますが、2画面の対比の内容としては、外と内とか男性と女性など色々あるのですが、私が最初に意図したものとしては、まず「作られたもの(ドラマ)」と「作られていないもの(日常)」の対比です。左側の映画部分は痛くなくても痛いように見せる「ドラマ」で、右側の日常部分は痛くても逆に痛く見えない「日常」の映像です。あともうひとつ、2画面の関係性として、今のような並列的な対比のほかに、「日常」の私は「ドラマ」の画面の世界をイメージ化していて、例えばヒーロー像を私は映画等で見ることによって、多少なりとも自分の中で内面化して(ヒーローになりきって)いるのですが、見た目はご覧の通りまるでヒーローではないという部分でのギャップ、現実と虚構というこの二つの世界のあり方も意識しました。

 そのほかの対比を挙げると、ドラマはスタートがあってエンドがあるわけですが、日常はとりとめもないことが次々に現れてきて終わりがない。日常では何かの作業の”the end” があっても、この後すぐに立ち上がって何かを始めなくてはいけない。もうひとつは、「冒険をする男性」と「買い物をする女性」の対比です。たとえば買い物って毎日やらなければいけない、私は苦痛なのですが、それがやれどもやれども終わりもなければ評価もされない、当然ですけれど(笑)。終わりがあって成果が評価されるというのは、羨ましいなと。

 西部劇を選んだ理由は、何をやっても、失敗しても、いい意味で自嘲的な「駄目な俺」が評価されている世界だから。「俺って駄目な男だよね、でもこうしか生きられないし、それが格好良さだよね」という西部劇の中の男性というものと、「買い物したって、誰にも褒められないし、しかもキャベツ買うの忘れた私って駄目な女よね」 (笑)という私は格好良くない。この場合の「ダメ」は誉め言葉であるわけですが、ダメな男は肯定的に認められるけれど、ダメな女は本当にダメというか、認められにくい気がします。数ある西部劇の中の男を哀愁の中でも、ジョン・ウエインという役者さんが演じる男の哀愁というものが一番強烈かなと思って「捜索者」というこの作品を選びました。


<質疑応答>

印牧:上映する作品としては以上なのですが、何か質問はあるでしょうか

― 私は日本人ではないので、日本のお葬式の風景が韓国のお葬式の風景と違ったのでお葬式での日常の人々の反応が私としては新しく感じたのですが、わざわざ『ビデオを撮る人』でおばあさんの死を話題にして日本のお葬式をヴィデオでとろうとしたきっかけ、理由な何でしょうか。
 
印牧:まず、順番としてお葬式を撮ろうとは思っていなかったのですが、私の中のモチベーションとしてはひとつだけで、祖母が死ぬのが怖かったということと、祖母が亡くなった時悲しかったという二つから何ができるかというところで、結果的にはお葬式をとることになりました。それが逆に祖母でなくてもそんなに悲しくない人の作品だったら、多分作品の元の骨格がなくなってしまうというかエモーションやモチベーションがなくなってしまうのでやっぱりそれでなくてはいけなかったと思います。手段としてはお葬式を撮るということになったのですが、それしかそのときはやり方が無かったという風にしかお答えできません。

― 『president』の中では、部屋の中でカメラを固定して、『ビデオを撮る人』の中でも、ある程度カメラを固定して動かしたりしながら、設定してご自身が映りこむのも含めて撮ってらっしゃるというのはわかるのですが、『life IMAGED』では自転車に乗っているのを姿を撮影し、かなり激しく動いていますが、あれはどのように撮影したのでしょうか。

印牧:あれは友人に頼んだのですが、映画と同じアングルで撮りたかったので、まず映画を編集してそのカット割を絵コンテにした後、こっちからこう撮って、あっちからこう撮って、と撮影プランを立てて撮影しました。映画でカメラが動くドリーショットは、友人に自転車に乗りながら一緒に移動して撮影してもらいました。

―『ビデオを撮る人』で、有名な映画で『A man with camera』というロシアの1920年代の映画がありますけれど、印牧さんがご覧になっているかはわかりませんが、カメラを持ってあなた自身が映るという、あの作品と同じような設定があると思います。ただ、あの作品にないのがNGをたくさん集めて編集しているところと、カメラを撮っている位置関係をイラストで見せているのでどこから撮っているのかよくわかるというところで、イラストを見ている人が客観的になれるという効果もあったと思います。もしその作品について印牧さんの考えがあれば聞かせてください。

印牧:1920年代に作られたものと、80、90年後につくられたものとで進歩がないのかな、と今のお話を伺って思ったのですが、そういうご意見をいただいて、そのような作品を思い出すとこれから作品を新しく作っていくうえで、またプラスアルファで、もしかしたらマイナスなのかもしれないですけど、できることを使って何を表現していけるか、また何を表現しないのかということを考えないといけないな、と思います。

− 私が拝見して印象に残ったのが、どこかユーモアがあるものと、自分を撮っていて自分に近づいているんだけれども同時に自分から離れようとする、という動きが見られるような気がしました。最後の『life IMAGED』の後半部分で、印牧さんが読み上げている台詞と、どこかからランダムに取ってきたものを全く同列に読んでいたのだと思います。映像では自分で撮っているのだけれども、文字で自分から離れようとする部分というのが『artist statement』でもそうですけれど、自分を映しているのだけども同時に離れていこうという動きがある気がしました。その辺をご自分でどう思っていますか。

印牧:そうですね、さっきもちらっとお話しましたが、自分を被写体にはしているのですが、「ある人」としか考えていなくて、自分でなくても正直誰でも良く、人のアイコンとしてとっているだけなのです。これが特定の個人と思って撮っていないので、そういう意味ではそのように感じてくださるのであれば私としては嬉しいです。

『life IMAGED』では、人というより、どちらかというと女性といったアイコンで使いました。被写体としての自分との距離は意識的にとっています。個人としての自分に近い映像も勿論撮っているのですが、編集の段階であざとく思えて使えないものが多いです。自分が自分として映るものは、編集の段階で客観的に見たときに削られてゆくのでさらに自分から離れた方向に行くのだと思います。


− ユーモアの部分というのは、ただ客観的にみる自分というのと違う気がして、もうちょっと自分をただ客観的に被写体としてみているということは、そこでも自分があるのではないかと思いますが。

印牧:確かにユーモアという部分では、自分を笑うことによって自分に近づいて自分を慰めています。

― でも他の人も含めてでよね。

印牧:そうですね。狙いがはずれる部分、駄目なところが極まって笑いに転じたりとか、真面目でシリアスでがんばっていて転んだりするところにユーモアがでてくるので、それは当人の焦りとか、空回りの努力とかを知り尽くしている自分ある必要はあるのかもしれません。

― 固定カメラなのですが、編集上、割と動かしてらっしゃるので、固定の長回しを使っていないと思いました。固定カメラで撮影しながらも人が立ち変わり入れ替わりは入ってきたりして、固定でありながらも動く部分で、今上映していただいた作品の中では『ビデオを撮る人』で、もしかしたらおばあ様が生前動いてらっしゃる部分がたくさんでてきるのかな、と思ってのですが、最初だけで、その最初の部分は、表現としてはずっと静止画で撮っていらして、その辺もおもしろいと思いました。なんとなくその場面だけは他と違うといったような印象を受けました。

印牧:そうかもしれません。あの最初の部分の映像は別の意味で使っているので。作品の前の説明になっています。「こういうことがありました、さて」という導入部分ですね。

―海外に留学されていたとうかがっているのですが、海外で作品を作り続けることもできたのに、日本に戻ってこられて東京で作品をずっと作り続けていらっしゃるのですが、日本で生活して作品を作るということは印牧さんに意味はあるのでしょうか。

印牧:日本で日本人として作品を作ろうと決めて戻ってきた部分があって、それ以来ずっと日本にいます。私はまずアメリカ在住の二年間の間に物凄く日本を見直しました。よくいう話ですが、日本の良いところが見えたり、アメリカの悪いところ、南部のほうにいたので日本人の私は相手にされなかったり、普通にできることができなかったりしたこともありました。やっと慣れたと思った頃帰ってきたわけですが、その時は日本で頑張ろうと、志を新たにして帰国したのです。日本に期待し、特に祖母に日本を求めて帰ってきたわけですが、そこでまたアメリカに失望する何倍も、自分が思っていたのと違う日本に失望しました。

でも私は日本で日本人として作品を作っていこうという気持ちは変わらずにありました。どちらかというと日本のほうが生きにくいのではないかと思うのですが、日本での責任を引き受けて生きていってこそ意味があると思うのです。この前久しぶりに外国に行き、6ヶ月ほどドイツで暮らしていたのですが、6ヶ月という時間が短いというのもあるのですが、なんて外国だと花開いてリラックスして生きられるのだろうと思いました。でも煩雑な全てを含む日本と対峙し、さらにそれを飲みこんで消化しつつ、その苦しさから出てくる作品じゃないと、楽しい所に行って作った作品じゃ駄目なんじゃないかなとも思ったのです。日本人なのに日本って嫌よね、と海外にいるのではなくて、やっぱり日本人だから日本の嫌なところも全てひとつずつ向き合っていきたいという気持ちがあり、それでなんとか日本でまだやっています。


 最後に、ちょっとだけなのですが私のやっているVIDEO CALLINGという活動について説明させてください。VIDEO CALLINGというのは、最初のほうでも紹介しましたが、プロジェクトであり場所、会社、組織、であるというわけではありません。随時興味のある分野で集まってワークショップを開いたり、上映会を開催したり、といった活動をしているプロジェクトです。活動をおもにwebに掲載しているのですが、それが見た目的な拠点になっています。

プロジェクトの目的としては、個人制作映像のクオリティの向上と作家のモチベーションをあげていくということがあります。というのも、個人映像は孤立しがちで、私もそうなのですが、ずっと家にいて締め切りも特にないので、1、2、3ヶ月と過ぎてしまい、一年間で作品何個も作ることができなかったりします。そこで、定期的に人と集まって刺激しあうことによって作品を作ろうというモチベーションを持つ、ということがひとつの目標です。

もうひとつはクオリティの向上です。大体、個人作品上映会ですと、私もそうなのですが自分ひとりで作品を完成させていきなり皆さんに見てもらうという形になってしまいがちです。私は自己紹介でも申し上げたように、10年以上商業映像の世界でも働いていたわけですが、そこでは良くも悪くもひとつの作品(商品)を作り上げる際、何度もプレゼンや批評があり、別の人の意見で作品が洗練されていったり、勿論悪くなる場合もありますが、切磋琢磨されていくことは大切なことだと思いました。
ただ、アートはマスコミとは違うので、一概にそれだけが良いわけではなく、個人がひとつの方向に向けてひとりで仕上げる要素も重要なのですが、それと並行して、クオリティの向上のためにお互いの作品を上映会や批評会をしたり、ワークショップをして色々なヒントを得たりできればいいなと考えています。

ワークショップの様子とできた作品をちょっと紹介させてください。
 ひとつめは、「映像・声・言葉」という、音と絵というエレメントについて考えてみようというワークショップです。

Trial.2-1 声(言葉)
まず、声(言葉・文章)を録音し音を作りました。
声は適当に頭に思い浮かんだ単語を参加者が順番に発音したものです。

声:「林檎 爪 風 無機質な虚像 扇風機 素晴らしい 悲しい アフリカの太鼓 お腹がすいた カロリーメイト あの頃 暑い日」

それに任意に撮影した映像を組み合わせました。つまり適当に撮った映像にはめてみるのです。
これらの偶然の組み合わせがどのように見えるか、どのような印象を与えるかを話し合いました。

Trial2-1-b 声(文章)
単語を文章にし同じことをやります。偶然に感動する瞬間がでてきるのかとか、そのような絵との組み合わせについて話し合いました。

Trial 2-2
先に撮影した映像に対して(言葉・文章)を録音し、組み合わせました。

Trial2-2-a
今度は絵を先にとって見て、絵を見ながらそれに似合う単語を発してみました。

声:「一人ぼっちの一日 流れていく風 カツラ 勘違い 衛生週間 まばらな肌色 ゲイナイト 賑やか お昼のとろろ汁 時代 落ちこぼれ 盲目的な愛」

Trial2-2-b 映像
このようにして色々な実験をやっていき、最後に実験を踏まえて、各自が短い作品を制作しました。そのうちの一本だけ紹介します。

最終的にこのようなわけのわからない作品になるのですが、このようなことを一日中やったあと、それを持って帰って自分の作品の糧にすることがねらいです。必ずしも映像をやっている人でなくても参加できるものなので、ご興味がある方がいましたらどうぞお声をおかけください。
本日はご清聴ありがとうございました。


参考:
印牧和美さんサイト
VIDEO CALLING http://www.calling.jpn.org/j_index.htm

協力
ドキュメントDVD制作:
採録協力:森井佳代

(c) Copyright 2007 Kazumi Kanemaki and art media K.Y. all rights reserved

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posted by amky at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | report
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